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​「志の高さ」というものを堪能した

中禰 勇介(札幌山の手高校教諭・演劇部顧問)

夜中に台所で、ガラスの小さな破片を踏んでしまって、頭や体が一瞬、シンとする感じ。2020年の話題作を2021年に観る。

「獄中結婚」がメインモチーフである。もちろん、それに付随し、私たちがくみ取るものも多々あるが、80分の中でグッと進んで混乱はない。結婚するという営みはあふれるほどあれど、「獄中結婚」という「事件」は数えるほどしかない、はず。しかし、その数えられる程度のものが、そのつど報道の俎上でセンセーショナルに扱われてしまうから、私たちは、すでにイメージをやたらと持って(それもマイナスイメージで)「獄中結婚」を咀嚼してしまう。私も身を固くしてこの芝居を見始めた

もう一つ。作者である刈馬カオスは、舞台を近未来とし、「死刑囚はみずからの死刑執行日を選択できる」という設定を加えた。「これが設定のための設定になりませんように」と祈る自分もいた。最近は、ラノベや映画だけではなく、演劇までもが、「生き残りゲーム」や「タイムリミット」や「タイムスリップ」など、ドラマ性を帯びさせるがために無理やり作られたハードルを作中に横溢させていて、正直ヘキエキしていたからだ

しかし、それらの心配は杞憂で終わった。身を固くしただの、祈りだの、そういったちょっとハスに構えた自分は、どこかに忘れている

役者がいい。飛世早哉香は、その美しいたたずまいの中に、とてつもない陰影を潜ませることができる稀有な女優だ(こういう世の中ですが、あえて「女優」と呼ばせてください)。
「アドルフの主治医」以降の町田演出作品で、見逃せないヒト、と勝手に認識していたので。
そして、それを迎え撃つ明逸人。昔から彼を見続けているが、ここまで味わったのは初めてかもしれない。ロックなお兄ちゃんだったり、有能なバイプレーヤーだったり、いろんな面を見せてきたが、芯はやはり丁寧なヒトなのである。しわが増えるごとにさらにいい役者になると思わせる

二人が町田誠也の元、辿り、進み、戻り、積み上げ、壊し、織りなしていく。コミュニケーションもディスコミュニケーションも、生理や心理にかなっている。さすが、2020年一番働いた札幌演劇人。調べたわけではありませんが、たぶん。ただの役者なら、「アクリル板」という存在感たっぷり(というか、存在)の役者にお株を奪われてお終いだと思うけれども、強い

もちろん共感や感動だけではなく解釈とか、専門的な部分とか、そぎ落とされた音や明かりや、すとんと落ちる結末はどうあるべきなのかとか、異議などなどは、実際にご覧になって、心に波風を立ててください。長々と書きましたが、要は、観る者の気持ちを持っていくぞ、観客に変容をうながす芝居はいいぞ、ということを強く言いたかったので

私は、高校で演劇部の顧問をしています。御多分に漏れず、現在の新型コロナウイルス禍の中で、たくさんのチャンスや機会を奪われました。演劇が置かれた不遇を部員とディスカッションしたりもしました。一年生は、いつもの年より多く辞めていきました。芝居を創ってこそ演劇部なんだけどな、と当たり前のことを何回も感じました

ですので、この芝居、よくぞやったと思いますし、「志(こころざし)の高さ」というものを堪能した気すらあります。どこの劇団だって、立ち上げのごく最初は、志や野望や勢いなのですが、きちんと導火線に火をつけて爆発させ、その瓦礫を観客に拾わせるまで、Org of Aはアツアツ(芝居はクール)でありました

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