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​鑑賞する意味のある作品だった

川村真智子(HTB報道部記者 )

遅まきながら、この作品を収録映像で鑑賞した。
アクリル板をはさんだ面会室だけで行われる二人芝居が80分。
劇場で観るのと違い、中断しようと思えばいつでもできるし、周りに何かと気が散る要素も多いため、多少の心配をしつつ動画を立ち上げたが、すぐに杞憂だと分かった。
序盤からすぐに、周りのことが意識から消えるくらい引き込まれる。

まず脚本が秀逸で、説明的なセリフを入れることなく自然な流れで二人の状況や心理、関係性の変化がわかる。
二人がずっと座っているだけなのに、話の展開が非常に早く、まったく飽きる暇がない。
ぐいぐい引っ張って行かれる。
そして異様に緊迫した状況のはずなのに、絶妙な笑いを差し込んでくる。
別に面白おかしいセリフではなく、シチュエーションの異様さが、ふとしたセリフにおかしみを与えるのだ。
しかもそれは、決して緊迫感を壊さない絶妙で奇妙なユーモアを生み出してゆく。

そして、それを体現する役者の二人が実に丁寧で的確な演技を見せてくれる。
むしろ、上演時に劇場でどこまで伝わっただろうと思うほど、目や表情の細部まで行き届いた演技が、立って動き回る以上に多くを語って伝えてくる。
劇場で鑑賞されたかたは、今一度動画で鑑賞すると新たな発見が多いのではないだろうか。

死刑囚とその取材者が獄中結婚する、と聞くと週刊誌的な印象を持つかもしれないが、そこは、「死」あるいは「自分の死期」と向き合うきわめて社会的なテーマである。

序盤と終盤に男がアクリル板に触れて、その硬さとともに、断絶された何かを確かめるようなシーンがある。

「アクリル板」は令和3年の今、これまでと違った意味合いを持つ。
「意識したことのなかった死」の要素が空気に混じるこの時に上演する、そして鑑賞する意味のある作品だった。

心から拍手を送りたい。

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